フランスのルイ・ブライユってご存知ですか?

点字を作った人なのですが、子どものネット検索で上位にくる人なのです。

お子さんがいないと知らない人も多いとは思いますが、小学校4年生以上のお子さんをお持ちのご家庭でしたら、知っている人も多いのではないでしょうか?


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なぜ子どものネット検索で上位なのか?


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点字を作ったルイ・ブライユが、なぜ子供のネット検索で上位なのか?

それは、小学校4年生の国語の授業でハンディキャップを持った人を理解する心を育てるという教育意図のもと、説明文の単元で手と心で読むという教材が使われています。

この教材の中にルイ・ブライユが登場するのです。だから、小学校4年生を中心に子供のネット検索でルイ・ブライユが上位になるのです。

小学校4年生未満のお子さんをお持ちの親御さんは、お子さんが小学校4年生になった時

「ねえ、ルイ・ブライユって知ってる?」なんて聞かれるかもしれませんよ。

今のうちに知っておきましょう!

また、それ以外の方も今の子供たちの常識になっている点字のルイ・ブライユについて勉強しておきましょう。


ルイ・ブライユの生涯


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ルイ・ブライユは、1809年1月4日フランス、パリ近くのクーブレという村に誕生しました。

キレイな目をした男の子で、父親は馬具や靴を作る職人さんでした。

3歳のある日、父の仕事場でルイ・ブライユが遊んでいた時に、誤って父のナイフで自分の左目を刺してしまうのです。

こうして左目を失ったルイ・ブライユにさらなる不幸が…頼りの右目も5歳の時に感染症で見えなくなってしまうのです。

ルイ・ブライユは、とても頭の良い子で、目は見えなくても、学校で聞いたことをほとんど覚えていて、学年で1番になったこともあるくらいだったのです。

しかし、目が見えなかったため10歳の時に盲学校に入ります。

盲学校では、12点の点字を習ったのですが、12点の点字はとてもわかりづらくて、目の見えない人が学ぶことは難しかったのです。

そこでルイ・ブライユは、新しい点字を作り始めます。

15歳の時に彼が作った新しい点字は6点式で、12点式の点字に比べてとても簡単で、指で触ってわかるので、目が見えない人でも読むことができたのです。

その後、楽譜や数式の書き方も定めました。しかし、この6点式の点字は、なかなか認めてもらえず、ルイ・ブライユは盲学校の先生になって、この点字を説明する本を書きました。

それでもなお、この点字が認められるには時間がかかりました。


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晩年、ルイ・ブライユは盲学校の先生を続けるかたわら、教会のパイプオルガンを演奏するなどして活躍しました。

さらには、晴眼者・視覚障害者両用の点文字の開発にも尽力しました。この点文字は、彼が点字器で試みたものを、彼の盲目の友人ピエール・フランソワ・ヴィクトル・フーコーが独特の機械を開発し、のちのラフィグラフとなりました。

しかし、この方法はタイプライターの出現で廃れてしまい、現在では使われていません。

ルイ・ブライユは1852年、彼が43歳の時に肺結核を患い、その短い生涯を終えたのです。

それから2年後、ようやくフランス政府はルイ・ブライユの点字を認め、それから世界中へと広がっていったのです。

日本の点字もルイ・ブライユが作った点字をもとに作られています。

現在、目の不自由な人が点字を使って読むことができるのは、およそ200年前にルイ・ブライユが、一生懸命勉強して、点字を発明したからなのです。


まとめ


自分が不自由な体だからこそ、その不便さがわかるということもあると思います。

が、しかし、そこで諦めずに「だったら、もっと便利なものを作ろう!」という発想が素晴らしいと思います。

何か逆境に立たされた状況に追い込まれた時に、それを解決しようとするバイタリティーは見習いたいものですね!

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